〔 家族の絆というけど・・・〕
二千十一年を表す字に選ばれた漢字は「絆」でした。それ程に人と人のつながりの大切さが身に沁み、求められた年でした。
感謝という言葉は有難いことを失ったときに思い出されるといいますが、絆という言葉も不幸な時、失意時に気づかされる言葉かもしれません。困っていないときにはそれ程の必要性を感じないけど、
困った時には妙に有難く思え、寄りすがり、希望になる言葉です。
震災以後結婚する人が増え、また結婚を願望する人が増えたと言います。読売新聞の記事「日本あれから 幸せの座標」によると、『一年余り交際をしていた男女が「親戚付き合いが煩わしい。一人の方が気楽でいい」と結婚は望んでいなかったけど、大震災で気持ちが一変して「いいことも悪いことも受け止めるのが家族。せっかくの出会いを大切にして一歩踏み出したい」と結婚した』。
人と人の絆は友達であっても、知人、近所関係でも作られるものですが、やはり「絆」といえば「家族」。友達では本当の「絆」は難しいのかな、と逆に思ってしまうのですが。それだけ「家族にな
る」ということは重みのあることであると改めて感心しています。
また、精神科医の香山リカさんは語っていました。「最近昔ながらの家族がいいという気分が浸透している。家族なら自分を無条件で受け止めてくれると思っている。しかしこれは幻想だろう。
私たちは家族のしがらみから逃れようと、核家族や一人暮らしの自由な社会を望んできた。これに伴い地域の力が弱まり、子育てや介護など家族に求められる責任がかえって増した。私の診察室は家族関係で悩む人が多く訪れる。親の存在が重たいという子、ニートやひきこもりなど心理的、経済的に子供に依存されている親もいる」。
最近は家族間の犯罪が多く、犯罪の半分が家族間だといわれています。それでは家族であっても絆はないに等しいものです。絆について冷静に考えると、「絆」とはよい意味だけではないようで、人をつなぐものであり、縛り付けるものにもなります。
確かに、家族ほど煩わしいものはないと思うことは誰にもあるでしょう。家族は大切だからあれこれと口出しをします。指導や期待や心配は支配や干渉にもなります。また本音のぶつかり合いは喧嘩になります。遠慮ない要求、甘え、我が儘。親し過ぎて礼節も欠きます。露骨な言葉で心を傷つけます。依存しすぎて自立を妨げます。
当たり前すぎて感謝すら忘れてしまいます。逃れたくても逃げられない、切りたくても切れないつながり。そこに家族間のトラブルが起こるわけです。しかし、人は家族だから命がけで守ろうとします。
人は家族なくして生きていけません。家庭は生きる基盤です。子供は親に育てられ、親は子供によって育てられ、家族は家族によって育てられるものでしょう。
モラロジー格言には三十八「深く親近を愛して力を社会に尽くす」の教えがあります。
格言では「どんなに国家社会、地域、他人のために献身的に努力しても、親に心配をかけたり、家族を苦しめ悲しめたりするようでは、周囲の人々の信頼を得ることはできません。また、このようなことでは、その努力は長続きせず、良い結果をもたらすこともできないのです・・・」とあります。つまりは家族を大切にすることのできない人は他者への愛も不安定、信頼し合うよい絆をつなぐことも難しいということです。なぜなら、都合が悪くなったり、相手が気に入らなくなると豹変する可能性があるからだといいます。
そこで、なおさらに「家族の絆を大切にしよう」というスローガンだけでなく、絆を育てるためにどうあるべきかを具体的に考え、円満で居心地よい家庭を作る事が大切になります。
モラロジーは常に「道徳は家庭から」と説いています。家族間にこそ本当に必要なのが、礼儀であり、愛の言葉、肯定的な言葉であり、いたわり、思いやり、感謝の心です。
家庭は安らぎと微笑みのある温かい、明るい、まあるい空気の楽しい場所で、家族は苦しい時に支えとなり、希望となり、救いとなり、勇気づけになり得なければならないのです。
家族の人間関係を「オーケストラ」と表現する人がいますが、私は「煮ころがし」と考えます。自己主張して、ぶつかりながら、一つ一つが美味しく煮られていく煮物です。家族という鍋の中で、個を尊重しながらも他者を尊重する共生の関係です。
私の父はいつも次のように言っていました。「家族皆で先祖祭りをしていると何かあった時、必ず家族の心が一つにまとまる」。なるほど、複雑な人間模様をひとつにまとめる役割がご先祖様の威力かもしれません。
新聞の人気漫画『コボちゃん』の作者である漫画家の植田まさし氏「家族は我慢が大事だ・・・そんな風にいろいろと縛られてはいますが、やはり家族はいい。船でいうと母港。最後に戻る場所があるというのは安心できます」の言葉が微笑ましくほっとします。「家族」とは「帰りたくなる母港」ですが、さらに、「母港」になる人がどんどん増えて欲しいものです。
二千十一年を表す字に選ばれた漢字は「絆」でした。それ程に人と人のつながりの大切さが身に沁み、求められた年でした。
感謝という言葉は有難いことを失ったときに思い出されるといいますが、絆という言葉も不幸な時、失意時に気づかされる言葉かもしれません。困っていないときにはそれ程の必要性を感じないけど、
困った時には妙に有難く思え、寄りすがり、希望になる言葉です。
震災以後結婚する人が増え、また結婚を願望する人が増えたと言います。読売新聞の記事「日本あれから 幸せの座標」によると、『一年余り交際をしていた男女が「親戚付き合いが煩わしい。一人の方が気楽でいい」と結婚は望んでいなかったけど、大震災で気持ちが一変して「いいことも悪いことも受け止めるのが家族。せっかくの出会いを大切にして一歩踏み出したい」と結婚した』。
人と人の絆は友達であっても、知人、近所関係でも作られるものですが、やはり「絆」といえば「家族」。友達では本当の「絆」は難しいのかな、と逆に思ってしまうのですが。それだけ「家族にな
る」ということは重みのあることであると改めて感心しています。
また、精神科医の香山リカさんは語っていました。「最近昔ながらの家族がいいという気分が浸透している。家族なら自分を無条件で受け止めてくれると思っている。しかしこれは幻想だろう。
私たちは家族のしがらみから逃れようと、核家族や一人暮らしの自由な社会を望んできた。これに伴い地域の力が弱まり、子育てや介護など家族に求められる責任がかえって増した。私の診察室は家族関係で悩む人が多く訪れる。親の存在が重たいという子、ニートやひきこもりなど心理的、経済的に子供に依存されている親もいる」。
最近は家族間の犯罪が多く、犯罪の半分が家族間だといわれています。それでは家族であっても絆はないに等しいものです。絆について冷静に考えると、「絆」とはよい意味だけではないようで、人をつなぐものであり、縛り付けるものにもなります。
確かに、家族ほど煩わしいものはないと思うことは誰にもあるでしょう。家族は大切だからあれこれと口出しをします。指導や期待や心配は支配や干渉にもなります。また本音のぶつかり合いは喧嘩になります。遠慮ない要求、甘え、我が儘。親し過ぎて礼節も欠きます。露骨な言葉で心を傷つけます。依存しすぎて自立を妨げます。
当たり前すぎて感謝すら忘れてしまいます。逃れたくても逃げられない、切りたくても切れないつながり。そこに家族間のトラブルが起こるわけです。しかし、人は家族だから命がけで守ろうとします。
人は家族なくして生きていけません。家庭は生きる基盤です。子供は親に育てられ、親は子供によって育てられ、家族は家族によって育てられるものでしょう。
モラロジー格言には三十八「深く親近を愛して力を社会に尽くす」の教えがあります。
格言では「どんなに国家社会、地域、他人のために献身的に努力しても、親に心配をかけたり、家族を苦しめ悲しめたりするようでは、周囲の人々の信頼を得ることはできません。また、このようなことでは、その努力は長続きせず、良い結果をもたらすこともできないのです・・・」とあります。つまりは家族を大切にすることのできない人は他者への愛も不安定、信頼し合うよい絆をつなぐことも難しいということです。なぜなら、都合が悪くなったり、相手が気に入らなくなると豹変する可能性があるからだといいます。
そこで、なおさらに「家族の絆を大切にしよう」というスローガンだけでなく、絆を育てるためにどうあるべきかを具体的に考え、円満で居心地よい家庭を作る事が大切になります。
モラロジーは常に「道徳は家庭から」と説いています。家族間にこそ本当に必要なのが、礼儀であり、愛の言葉、肯定的な言葉であり、いたわり、思いやり、感謝の心です。
家庭は安らぎと微笑みのある温かい、明るい、まあるい空気の楽しい場所で、家族は苦しい時に支えとなり、希望となり、救いとなり、勇気づけになり得なければならないのです。
家族の人間関係を「オーケストラ」と表現する人がいますが、私は「煮ころがし」と考えます。自己主張して、ぶつかりながら、一つ一つが美味しく煮られていく煮物です。家族という鍋の中で、個を尊重しながらも他者を尊重する共生の関係です。
私の父はいつも次のように言っていました。「家族皆で先祖祭りをしていると何かあった時、必ず家族の心が一つにまとまる」。なるほど、複雑な人間模様をひとつにまとめる役割がご先祖様の威力かもしれません。
新聞の人気漫画『コボちゃん』の作者である漫画家の植田まさし氏「家族は我慢が大事だ・・・そんな風にいろいろと縛られてはいますが、やはり家族はいい。船でいうと母港。最後に戻る場所があるというのは安心できます」の言葉が微笑ましくほっとします。「家族」とは「帰りたくなる母港」ですが、さらに、「母港」になる人がどんどん増えて欲しいものです。


