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まんりょう八月号 表面の記事より

【サークル紹介】
誕生!! 「土曜カフェクラブ もぐさの会」
「もぐさ」の会って何やら古臭い!なんの会?漢方薬の研究にも聞こえるこの会の名前ですが、実は
「れいろう」を参考書に素敵仲間(参加自由)が集まる会。日々の生活の中で感じた事や、れいろうの一節に感じる気持ちなど、コーヒーを飲みながらのざっくばらんでとっても居心地のいい会がスタートしました。
何度もお会いしている方々と、こんな時間の共有をしながら、本来の自分を取戻し、自分を見つめられることがあっただろうか・・・とふと考えながらの帰り道。なんとも温泉帰りのような居心地のよさ。なんだろうなこの感じ・・・。そんなことから「もぐさの会」の名称を提案しました。
えぇーっっ!!続き皆さん爆笑。「木尾さんのことだからおしゃれなフランス語でも飛び出してくるんじゃないかと思ってたけど。またどうしてぇー!」の大笑いの中でこの意味を説明しました。
もぐさはお灸で使う薬草です。お灸は患部の疲れをとり、血行の流れを良くし、自然治癒力を高めていくものです。れいろうの一節を元に、火を付けてもらい、ポカポカと仲間のそれぞれが感じる想いや気持ちの良いお話しの中で、癒されていく。気がつけば、日々の暮らしの中ではできない、自分を見つめる時間が作れていたことに気がつきます。まさに自然治癒力の回復です。心のツボにぴたりあたれば効果抜群です。
このような想いを託して、毎月第二の土曜日の午後む二時から四時、「カフェクラブ・もぐさの会」の名前が決まり、順調にスタートいたしました。八月は三十日です。会場は教育館。どなたさまも気軽
に参加下さい。一緒に楽しいときを過ごしましょう。
                     木尾恵美子

 〈木尾恵美子さんのちょっとよい話〉
 「 言葉は心を変える 」
いつも忙しい忙しいといっている私にある人が「忙しいといわず充実しているといった
方がいい」といわれました。
それからは「忙しい」といいかけては、あっと思い、「充実している」というようにしま
した。「充実している。充実している」といっているうちに心がなんとなく豊かになってき
たように思います。
また、その方は「感謝」の「謝」という字の「言、身体、寸」、言は言葉、身は行動、
そして寸はタイミング。感謝を言うのも行動するのもタイミングが大切なのです、とい
われました。心に銘記しておきたい言葉です。

by nizicanvas3 | 2008-07-28 00:54 | まんりょう

まんりょう8月の記事 表面

  津山モラロジー女性クラブの歌
  
    愛の光
      柴田 愛子 作詞
     
一、桜並木の 花びらは
行きかう人に ヒラヒラと
愛の光を 贈りくる
春の麗らは(うらら) 
やわらかし
   
二、喜びあふれ 楽しげに
笑顔で語る 友と友
世界をつなぐ かけ橋に
希望は大きく 輝けり
  
三、教えを学び 受けついで
人の幸せ 祈りつつ
心を磨き 花とさく
永久に栄える 
ニューモラル

明るく 清く おおらかに
ああ 私達の(われらの)
 使命なり
(「花の歌」の替え歌)
   
前回の女性大会のときの歌の募集で佳作でしたが、そのまま眠っていた詩を掘り起こし
ました。

   

by nizicanvas3 | 2008-07-28 00:44 | まんりょう

まんりょう7月 裏面 署名活動

「勇気を出して 署名活動 」
   署名活動ご協力ありがとうございました。
遠くに嫁いでいる娘が「飲酒運転轢き逃げ得を許さない」という署名集
めのニュースをテレビでみて「協力しよう」と、インターネットからその
用紙を取り出しました。「私にはこちらに知り合いはないけど児童館などで
声をかけてみる。1枚(10人)くらいはできるかも。お母さんも協力してあ
げて」と言い、用紙を渡してくれました。その後、荷物を娘に送ろうとし
た時「署名ができていたら荷物に一緒に入れて送って、私は6枚しかない
から、これだけ送るのは恥ずかしい。お母さんのも一緒に入れて送りたい」
と言ってきました。6枚といえば60人です。まったく知り合いのない地で、
よくぞそれだけ集めたものと私はむしろ感心しました。署名をお願いする
のは知っている人でも勇気のいることです。私は娘の勇気に感動して胸が
熱くなりました。自分のことしか考えたない人の多い時代に、よくぞ人の
ために勇気を出して行動したもの、娘の心に感動しました。

by nizicanvas3 | 2008-07-08 22:31 | まんりょう

まんりょう 7月号 裏面記事より「歯の話」

 まんりょう7月号 裏面 記事より  
 歯の話
 六月は虫歯予防の月です。「たかが歯、されど歯」命にかかわらない歯への認識はいまだ軽いようですが、歯を失ったとき、どれほど大切か分かります。
健康な歯の咀嚼は呆け予防にもなります。「歯の治療をしたら痴呆が治った」とも言われています。「虫
歯」といえば「治癒力はないから治らない進行を止めるために削る」というのが定説でしたが、時にそれを覆す発言を聞きます。
『虫歯ってみがけばとまるんだヨ』(梨の木舎)の著書岡田弥生さんは、杉並区で二十年間検診指導の経験から「虫歯は磨けば止まる。削るなんてもったいない。早期発見とケアーを」と訴えています。
二十年間、日本で一番たくさんの子供たち(のべ十万人以上)の口の中をみてきた彼女の話を紹介します。
虫歯==={ 歯 + ミュータンス + 糖分 + 時間}
 虫歯はミュータンス菌による感染症ですが、感染力は弱く、菌をもっていても虫歯になるとは限りません。歯の表面に菌と糖が共に長い時間ある状態で徐々に歯が溶けていくことによってなります。歯からカルシュウムが溶けた「脱灰」でも、中性の唾液の働きでまた元に戻る状態になります。それを「再石灰化」と呼びます。歯の表面はたえず「脱灰」と「再石灰化」を繰り返していますが、「ちょこちょこ食べ」「だらだら食べ」で唾液が中性に戻る間がないと、脱灰が続いて虫歯になります。唾液は
一日一、五リットルも出て口の中を洗い流しています。虫歯ができるのは唾液の働きがない夜のうちです。
「まだ治療するほどではない、初期の状態のとき、諦めて虫歯の進行を待つのではなく、再石灰化を促すように頑張ってみましょう」それが岡田さんの説いていることです。
歯は削らないほうが長持ちします。穴が開くほど進行した虫歯でなければ、再生と脱灰を交互に繰り返しているので、ケアーで進行を止めることができます。
● 歯は丁寧に磨く。
● だらだら食、ちょこちょこ食をしない。
● 食事が大切・・野菜、特に葉物は歯ブラシ代わりになる。
★ 一番の虫歯は夏場。冷たく、甘いもの(ジュース、アイス)
次は年末年始時期のケーキやチョコなどのお菓子類。
★ 赤ちゃんにジュースは不要。哺乳瓶で与えるのが一番悪い。
★ 夜間の母乳は虫歯になる。母乳の虫歯は上の前歯の裏に出る。ただし、母乳育児は多大な良さがあり、永久歯の噛み合わせをよくするので二歳過ぎまで与えたい。
□ 上の歯が四本生えたころから親が歯磨きを、膝に寝かせて磨く。寝かせ磨きはスキンシップ。一日一回は丁寧に磨く。
□ ごしごし磨くのではなく、汚れを落とブラッシング。
□ 永久歯の第一臼歯、6歳臼歯までは親の点検磨きが必要。
□ 白く溶けかかっている歯でも磨けば進行を止める。
 岡田さんは「歯の点検は親子の大切なスキンシップになります。怖い顔ではなく、やさしく対応してよいふれあいを作りましょう。歯の点検は生活環境の点検です。
赤ちゃんのときは胸に抱え、歩けるようになったら、身体は離して手をつなぎ、この時期は仕上げ磨
きが欠かせません。成長したら手を離しても目は離さないで。小学校時期は一緒に歯科医に定期健診。
思春期になったら目は離しても心は離さないために、歯科医との連携が大切です」と語られています。
一生使う歯。健全な歯の保持を通して健全な親子のふれあいを勧められています。
「虫歯と癌は似ています。どちらも突然できるものではありません。治るくらいで見つけましょう。
どちらも原因があります。プロセスがあります。時間がかかります。早期発見、早期の手当てをしましょう」 

by nizicanvas3 | 2008-07-08 22:29 | まんりょう

まんりょう7月号 裏面記事

  まんりょう7月号  283号 裏面掲載記事より  
【歴史】   人を育てる
 医師、政治家であった「後藤新平」の晩年の言葉に「金を残すは下。仕事を残すは中。人を残すは上」があります。その「人を残す」という言葉に深く感じ入っています。
そこでまず取り上げたいのは、六月号の所報に載っていた「吉田松陰」についての講演記事です。あの内容はなんと素晴らしい内容でしょう。講演は岡田幹彦氏。松蔭の魂の声が聞こえてくる
ようで感激、感動しながら喰い入るように読みました。
あまりにも有名な吉田松陰の行動や処刑について、本当はよくわからなかったのですが、今回の説明で随分納得できました。詳しくはぜひ『所報六月号』をお読みいただきたいと思います。
 吉田松蔭の思想は「尊王」「攘夷」でした。「尊王」とは「日本は万世一系の天皇をいただいた国柄で、天皇を中心として政治がなされるのが本来のあり方。また「攘夷」は日本を征服し支配しようとする欧米列強の侵略を打ち払い、日本の国を守ろうとする民族独立の防衛本能とその精神をいいます。
 ですから、松蔭は天皇をないがしろにした幕府政治のあり方、外国の威嚇によって開国を決したことを大変嘆いていました。時の権力者は井伊直弼。松蔭のような考え方をもった者を厳しく処罰した「安政の大獄」で有名です。幕府を恐れた長州藩は反幕府思想の松蔭を再び捕らえ江戸に送り、処刑したのです。そのとき松蔭は「小生死に候えば、この四人(松蔭の弟子)必ず志定まるべし。小生いまだ死なざれば、この四人いまだ因循を免れず候」と高杉晋作に手紙を送ったのです。「自分が生きている限り彼らは立ち揚がらない。松蔭は死をもって弟子たちに日本の国のために立ち上がれ」と呼びかけたのです。その後高杉たちは死に物狂いで奔走します。彼らの思いは「あの世で先生に顔を合わせられる自
分でありたい」という一心だったといいます。松蔭は短い間にたくさんの弟子を育てましたが、弟子たちの心を動かしたのは松蔭の思想だけでなく、偉大な人柄への畏敬の念だったと思います。
 先に紹介しました「後藤新平」は医者でした。演説のとき襲われた板垣退助の治療で見込まれ、次々と活躍の舞台を広げた人です。郵政大臣となりポストの色を赤に制定した人でもあります。
「人を衛る都市を目指して」と衛生の面にも力を入れた都市づくりに信念と情熱を傾け「社会の医者」と呼ばれていました。
ボーイスカウトを取り入れて青少年育成にも力を入れました。青少年には「自治三決」「①人のお世話にならない ②人の世話をする ③報いを求めない」を少年時代から心がけて実行すべし、と説いていました。後藤新平は関東大震災の復興事業に立ちあがり、将来を見据えて素晴らしい都市計画をしましたが、事如く反対されました。その時立ち上がったのが東京都知事であった永田秀次郎、その他の後輩たちでした。彼らは後藤の志を受け継いで都市の復興に力を尽くしました。後藤はその復興振りを見ることなくなく亡くなりましたが、りっぱな人達を残した偉大な人でした。
 見事に「人を育て」た二人の偉人を取り上げましたが、間違いなく広池博士もその一人で、偉大な門人達を育て残されました。
※岡田幹彦氏は「日本政策研究センター」の主任研究員ですが以前には津山に毎年二回はこられて歴史上の人物のお話をされていました。その話ぶりは簡潔で、歯切れのよい口調、内容のわか
りやすさは見事でした。実に多彩に研究されていてどの人物も感動させられるお話しぶりでした。少人数で聞かせていただくことが申し訳ないほどでした。しかし最近は非常にご活躍で津山での講義も難しいのではないかと思います。

by nizicanvas3 | 2008-07-08 22:24 | まんりょう

7月行事

津山モラロジー女性クラブ その他関連行事   7月行事
〇 8月の月例会7月31日(木)  9月4日(木) 
〇 ローズの会   25日(木)  〇 久米れいろう 5日(土)
〇 鏡野地区 石原れいろうサークル 30 日( 水 ) 〇 難波家 16日(水)  
○あなみ 8日(火)     
○まんりょうの会 14日(月)  8月25(月)  
○もぐさの会 14日(土) 2時から4時  当番 池田 毛利 8月                  ●汽車ポッポ 前半 7日(月)/ 後半16日(水)
●スマイル  16日(水)     
●料理   29日(火)      
●ビーズの会 14日(月)10時~   
★古典勉強会 24日(木) 1時半より  
★悠々クラブ ランチの会  30日(水)        
★墨絵  28日(月)  午後1時半  /
★ヨガ教室 第一金 4日 第三木 17日 
★ボディートーク 11日(金) 8月1日(金) 9月12日
□素敵な自分育てのセミナー 筆跡特別勉強会ご案内
 7月23日(水)四柱推命と筆跡 
 昼の部 1時~4時 / 夜の部 6時30分~8時30分

by nizicanvas3 | 2008-07-06 22:53 | 行事

自分を変える人生のシナリオ


津山モラロジー女性クラブ会報
        まんりょうや月号 一面の記事より
「  自分を変える  」
岡部真理
人生のシナリオは実は自分自身が書いていると以前聞いたことがある。人生は自分がイメージしている通りになるというのである。ネガティブなイメージしか思い描けない人は、自分の身の周りにおこることをネガティブにとらえがちのように思える。
 私自身も驚いたことがある。筆跡診断をしていただいてお金のたまらない字を書いていることを指摘された。ふと自分の人生を振り返った時、貧乏な家庭で育ったため、どうしても「お金がない。どうしよう?」「お金がないからやりたいことがあってもできない」と心の中でつぶやくことが多かった。
そして子どもに対してもお金に関してネガティブなイメージを植えつけていたように思う。
 カウンセリングを生業にしている方に「子どもが小さい時にお金のことで不安にさせるようなことを言うのは望ましくない。自分のやりたいことが周りの人たちのためになるようなことなら、お金なんていくらでも入ってくる、という言い方をしてやるほうが望ましい」というアドバイスをいただい
たことがある。
 確かにそうだと思う。周りを見ていても「お金なんて、必要なときには必要なだけ入ってくるよ。お金持ちじゃないけどね」という友人は本当にいつものほほんとやりくりしている。人生は自分の書いたシナリオどおり。わたしは小さいときから「何かあったらお金がなくて困るな~」といつも思っ
ていたが、その通りの人生を送ってきてしまった。診断してもらったとおり、お金がたまる文字を心がけるようにしている。気のせいといわれるかもしれないが、「この勉強するのにこれぐらい費用がかかるけど、なんとかなる」とつぶやくようにしていたら、少しづつではあるが自分がやりたいことができるようにことが動き始めた。
 一度しかない人生。自分自身がこうありたいと思う、最高のシナリオを思い描き実現させていきたい。

by nizicanvas3 | 2008-07-03 00:45 | まんりょう

ニューモラル講演会 家族の絆

津山モラロジー女性クラブ会報 
「 まんりょう7月号一面の記事より 」
《ニューモラル講演会報告》  六月十五日開催
「家族の絆」 田中節照講師(鳥取市)のお話より
ブラジル移住という体験をお持ちの田中氏はブラジルのサンパウロでモラロジーに出会いました。
そのとき、行き倒れ寸前の瀕死の状態になった体験から「心が身体に及ぼす影響」を実感されました。反抗的、攻撃的な今までの自分の悪い心遣いを反省して、これからはその反対の心遣いで、今度はよい
結果を出してみようと決心し、そして、次のことを実行されました。
①何事も「はい」といってさせて頂く
②忠誠努力して要求せず
氏はその二つのことの勤め先の農園で実行しました。半年後、親方から「キノコの栽培を得意としていると聞いたが、ぜひここで研究をして欲しい」といわれました。キノコの栽培には無菌状態の研究室がいることなどで難しいと断ると「費用は出す。どんなことも協力する。
ぜひキノコ栽培の研究をして欲しい」といわれたのですが、このとき、やっぱり因果律はあると思いました。
 準備された研究室で一生懸命研究して、ユーカリの木でキノコ栽培を成功させて話題になりました。その後、年老いた日本の親からぜひ帰ってほしいといわれました。せっかく研究の成果が出て認められていたところでしたが、親のことは放っておけないしと、迷いながら過していました。親孝行をしている人の運命はよいが、親孝行をしていない人の晩年の運命が悪いことをたくさん見聞きしていたので悩みました。そこでモラロジーの大先輩に相談しました。先輩から「それは日本に帰った方がよい、ただし帰るのは一年後、親方に頼んで後継者を探してもらうように」と即座に指導されましたが、それには驚きました。自分はモラロジーの勉強をよくしていて、よく知っていると思っていましたが、知識はあったけど知恵がなかったことに気づかされ、恥じました。恐る恐る親方に相談すると「君の思ったとおりにしなさい」と即座に返事をいただき、そのうちすぐによい後継者も見つかったのです。実行したわけではないのに、ただその気になっただけなのに、おこりえないことがおこったのです。二つのことの因果関係を実験のつもりではじめたのですが、思わぬ有難い「因果律」を体験しました。・・・・と氏は楽しそうに話されていました。
 毎年柿を書いている画家がいます。たくさんの柿を取っておいて、柿を描くのですが、モデルになった柿は腐りにくいということがはっきりわかったといわれます。つまり、柿でも注目を受けたモデルの物の方が痛みにくく、予備で置いていた物の方が早く傷むのです。
身体の痛い部分をさすったり、声をかけてあげると回復が早いということが分かっています。植物でも声をかけ、目をかけた物の成長の方が早いのです。まさに「霊肉不二」です。
形のあるものにはみんな心が宿っているのです。とりわけ人はつながりで生きています。いろいろなつながりで生きていて、決して完全な個ではないのです。人は目をかけ、手をかけ、気にかけるこ
とでつながることができます。マザーテレサは「愛の反対は憎しみではなく、無関心です」といわましたが、注目し、関心をもつことで、人とのつながりが生まれます。「家族の絆」は家族に関心をもち、
目をかけ、声をかけることで強まります。と声を大に話されました。
最後に田中氏が一番尊敬する昭和天皇について、雑誌「れいろう」五月号の「知っておきたい先人
の心・昭和天皇」の記事を紹介されながら話されました。
 氏は、かつてブラジルで天皇について訪ねられたとき何も答えられないことを恥ずかしく思い、それから天皇について勉強されました。そこでいかに日本の歴代の天皇が素晴らしい存在かを知りまし
た。特に昭和天皇について深い感銘を受けられたのです。
昭和天皇が戦後復興の日本人への応援詠まれた歌「降り積もる深雪に耐えて色変えぬ 松ぞ雄雄しき人もかくあれ」の歌を知って自分の造園の会社に「雪松造園」と命名されたそうです。
「欧米の人にとって天皇を戴く日本は嫉妬にも似た羨望の存在なのです」。日本の国は天皇を父親のような存在として家族のような国民なのです。と熱く語られました。
   

by nizicanvas3 | 2008-07-03 00:40 | まんりょう
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モラロジー道徳の普及を目的にしたブログ


by nizicanvas3
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