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№387 5月号 表

      〘 おせっかいおばさん 〙

「狭窄症なんです。困っています」病院の待合室で話して

いる隣の方の話に「あのう・・実は」と自分の狭窄症手術

体験を語り「今度こんなセミナーがあります」と健康セミ

ナーの案内チラシをお見せするという「おせっかいおばさ

ん」を私はしています。おせっかいがしたくて手術体験記

を出版したのですが、実は私は知人のおせっかいのチラシ

一枚で救われたのです。苦しみから解放され、健康を取り

戻したのです。それはおせっかいではなく本当は「親切」。

私にとって実に有難い親切でした。だから私は狭窄症で困

っている人にどうしてもひと声かけたくなるのです。

「おせっかい」というと聞こえが悪いけど「親切」「善意」

「他者貢献」「思いやり」と表現すると善、愛となります。

「小さな親切、大きなお世話」ということもあるけど、も

しそんな親切もいらないとしたら実に寂しい限りです。

「愛の反対は憎しみでなく無関心」といわれるように、困

っている人がいても無関心を装うのは実に罪だと思います。

小さな力であっても、その力が何らかの役に立つかもし

れないと思えばやはりお手伝いをした方がいいし、受け入

れられるかどうか分からなくても、ひと声かけることはま

ず大切な事、善なる行為だと思います。

欧米では「メイアイヘルプユー」と困っている人を見る

と気軽に声をかけるといいますが、日本人も元来親切な民

族。明治初期イギリスの女性旅行家イザベル・バードさん

は日本を一人で旅行して日本人の親切、やさしさ、正直、

安全な国土に感動した「旅行記」を書いています。

 現在個人主義的な世相になって、人の親切も「干渉」と

受け取られて嫌われることがあります。そのくせ「面倒を

みてくれない」「恩恵がない」と嘆く、要求心の強い人達

も少なくない世の中です。干渉と恩恵は紙一重、表裏一体、

大方はどちらに受け止めるかは受け止め方の問題でしょう。

もちろん本当に迷惑な干渉もありますが・・・。

しかし、干渉されたくないという人もたくさんの人の恩

恵を受けていることは間違いない事実。多くの先人達のた

くさんの親切心、あるいは義務先行があればこそ私達は有

難い暮らしが出来ていることをよく心に留めて、自分もお

役に立ちたいという貢献心を発揮しなければならないと

思うのです。そして、「誰かに受けた恩恵は誰かに渡す」

恩送りの考え方を広め率先して実行したいものです。

しかし、せっかくの善意に見返りが来るわけではあり

ません。与えっぱなし、それもよいのです。それがお役

に立つなら、これ以上嬉しい事はありません。

また、努力が無駄に終わることもあるでしょう。しか

し、何にもしないで後悔するよりは親切を実行した方が

心は救われるでしょう。親切を実行した人の人生はきっ

と喜びの多い充実した人生になるでしょう。

 『親切は驚くほど体にいい!』(ディビッド・ハミル

トン著)という本があります。「あなたの健康と幸福はお

先にどうぞと言った回数で決まる」のだそうです。

 良い事をしたら、誰しも多少とも喜びの気持ちを味わ

うでしょう。例えば「有難う」という言葉を言ったら言

った人も言われた人もいい気分になります。その時のホ

ルモンが物質のオキシンシンです。パピネスホルモンで

体も元気になります。これこそ大きな見返りです。

それはまさに神様から与えて頂いた見返りです。

 面白いことがその本に書いてありました。「オキシト

シンは心に灯がともるような、ほんのりと長続きする幸

せ感で、快感ホルモンのドーパミンは長続きしないホル

モン。「もっともっと」と要求が際限なくエスカレート

するというのです。オキシトシンはお産の時や授乳の時

に出る愛情ホルモン、幸せホルモンといわれます。

「親切は人の為ならず」という言葉がありますが、まさ

に親切はした人が得をする、幸福になれるということ。

モラロジーの格言に『率先善を認め勇を鼓してこれを

貫く』があります。確かに良い事をするのに勇気がいる

時があります。最初にニューモラル一冊を差し上げる時

も初めて講演会にお誘いすることも勇気がいります。

しかし勇気を奮い起こしてした行為が少しでも人の幸

せの役に立つのは素晴らしい、有難いことです。

生きている間、自分の幸せ、自分の利益だけを追い求

めるのは浅ましく、寂しいものです。多少面倒がられて

も勇気を出しておせっかいをしましょう。

みんなが笑顔になるおせっかいを。

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【柴田愛子振り返りの記三】 

〘 美しいお辞儀を身に付けましょう 〙 

             柴田 愛子

 最近皆さんのお辞儀の仕方がとても気になりま

す。先月も女性クラブ総会で演壇に上がる挨拶や

発表者の方のお辞儀の仕方を見てこれではいけな

いなと思いました。どこに出ても恥ずかしくない

美しい所作のお辞儀は知っておくべきでしょうね。

今月は皆さんにそのことをお知らせします。

お辞儀には三つあります。会釈(十五度)

敬礼(三十度)、最敬礼(四十五度)です。

会釈は人とすれ違った時、受付、入室、退場等。

敬礼は基本のお辞儀、目上の人に対してやお礼。

最敬礼は丁寧なお辞儀、特に敬意や謝意、謝罪。

国旗に対しては最敬礼。壇上に上がるときも最敬礼。

ぴょこっと頭を下げるだけの人が多いですね。

目礼というのがありますが、葬儀や通夜等、言葉をか

けたくてもかけられない場合。十度くらい倒します。

どんな時にどの形が良いかを知っておきましょう。

お辞儀にはまず姿勢が大切です。正しい姿勢の姿は

とても美しく、その人の人柄が表れます。首を曲げず、

背筋を伸ばし(背中にサシを入れたように)腰から曲げます。

礼は身体の上半身を前に倒して一呼吸おいてゆっく

りと上げるのがコツです。日々心がけて鏡の前で練習

をして品格のあるお辞儀を身につけたいですね。

またご挨拶の言葉『こんにちは、いらっしゃいませ』

等と言ってそれから丁寧にお辞儀をします。

その時、頭をピョコンとあげないで一呼吸おいてあ

げることを忘れないでください。

 若い方は特にこのようなマナーを知って頂きたいも

のです。年配者は若い方の見本になるように心掛けま

しょう。マナーの本を読んで勉強してください。 

 こんなお辞儀はNGです。

➀アゴを突き出す ②歩きながらする ➂何べんもぺ

コペコする ➃座ったままでする(立ち上がってから行う)  

by nizicanvas3 | 2018-04-21 23:19 | まんりょう

№387 5月号 裏面

【歴史・偉人】〘 木を知り尽くした宮大工 〙

 日本は山と海の国、木と水に囲まれたなんと自然の

恩恵をたくさん受けている国でしょう。今月は木にか

かわる人を紹介します。

まず「福島の花さかじいさん」こと故阿部一郎さん。

福島市に「花見山公園」という花の名所があり、そこ

はまるで桃源郷(平和でゆたかな理想郷)のような場所

だそうです。春になると何十万人もの人が訪れます。

その公園は阿部一郎さんが丹精込めて育てた花の山。

見事な花の咲くその山を見たいという人々の声に応え

て誰でも自由に花を愛でられるように整備して、無料

提供している山の公園です。しかもトイレも常設され、

至れり尽くせりで温かく人々を迎え入れているのです。

 この山を作ったのは花がもたらす幸せを信じて花を

育て、花と共に生きた阿部一郎さんです。一郎さんが

亡くなった後もその思いは家族によって大切に受け継

がれています。残念ながら私は行ったことはありませ

んが、『福島の花さかじいさん』(森川成美著)にはそ

の美しさとやさしさが手に取るように詳しく語られて

います。花のような心の一郎さんの苦労をささえたの

は一郎さんの父の言葉。

「すずめっこでもちゃんと食べる物を食べて子も残す。

だがな、人間はそれだけじゃだめだ」

我が街 津山市の鶴山公園は桜の名所。ここの桜の

見事さは他では味わえないと自負しています。眼前に

広がる桜の壁、見上げればこれまた桜で覆われた桜天

井。桜天井から見える青い空。これほどゆったりとし

て桜が楽しめる場所は他にはないと思うのです。

そんな素晴らしい桜を植えてくれたのは百年余り前

福井純一津山市長。城跡に桜を植えて津山の人達に

楽しんでもらおうと桜の植樹を提案したが非難の声。

しかしその反対にもめげず私財を投じ、寄付を集めて

植樹したのです。「恩恵は後世に」優しい心遣いです。

さて、ここから今月のメイン人物の西岡常一氏につ

いて紹介します。西岡氏は法隆寺や薬師寺の改修工事

をされた宮大工。「法隆寺の鬼」と恐れられるほど、

熱心に古代建築を現代に見事に蘇らせた宮大工です。

「古代建築の技と心を後世に伝えた宮大工西岡常一」

のタイトルに興味を抱いた私は西岡氏について書い

ている本をいろいろと読んでみました。

そこでまず感動したのは、古代の人達の建築技術の

素晴らしさです。西岡氏は修理する建物を解体してそ

の隠された部分も詳しく調べ、飛鳥様式で建てられた

五重塔と金堂が最も素晴らしい事を知ったのです。

氏はまず「礎石」の存在に目をつけました。「金堂の

柱は単に土に埋まっているのではなく、土の中で礎石

という石の上に乘っている。そうすることで土の湿気

で柱が腐るのを防ぎ、建物を長持ちさせている。これ

は飛鳥の大工のひらめきだ。中国から伝わったことを

もとに日本の気候に合った方法を編み出して建ててい

る。だから千三百年ももっている」と気づき、大昔の

大先輩に尊敬の念をいだかずにはおれなかったと言わ

れています。そして無駄のない構造、機能美に驚嘆し

たのです。「時代が新しくなる程、進歩どころか後退

している。それが証拠に千三百年前の飛鳥の建物と六

百年前の室町の建物が同じように痛んでいる」と語る。

 また氏は古代の大工達の木の扱いにも感心していま

す。建物の木材はすべてヒノキで作られていますが、

ヒノキが木造建築の中で一番強く長持ちをします。

古代の人は木の癖、木の使い方を知り尽くしていたの

です。なんと、日本人は木について非常に古くから親

しんでいたのです。古事記や日本書紀にはそれを知る

話が載っているのです。記紀には五十三種の樹種が書

かれています。「素戔嗚尊はひげを抜いて散つと杉と

なり、胸の毛を抜いて散つと檜となり、尻の毛を抜い

て散つと槙木になり、眉の毛は楠になる」とあります。

また檜は宮殿に、杉と楠は船に、槙は棺に使えと書い

てあるのだそうです。そういう根強い知識が昔からあ

ったから、大陸から渡ってきた仏殿の建築技術を消化

して法隆寺、五重塔とかいうものを日本人だけの力で

作り上げたのです。(『斑鳩の匠宮大工三代』より)

 こんな発見をしながら、古い建物を再建していた西

岡氏は、現代建築の著名な学者達との論争にも負けま

せん。だから鬼といわれたのです。

氏は子供の時から祖父によって宮大工の技と魂を仕

込まれています。祖父は常一を工業ではなく、農業高

校に進学させました。宮大工として大切な事は土を学

び、植物を育てて初めて分かることがあるというので

した。そのことは後に木を扱うようになって初めて理

解したそうです。

 昔の建物は昔の刃物で削らなきゃと昔の絵図を見て

ヤリカンナを復元し、その使い方まで研究したのです。

 もはや、これから先千年も長持ちする木は日本にも

台湾にもありません。そしてそれだけの見識と技量で

伽藍や堂塔の建築を行える人は西岡さんが最後といわ

れています。しかし、それでも西岡さんの宮大工魂と

技量を受け継いだ弟子の小川氏がいます。そしてその

孫弟子も育っていることは嬉しいことです。

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【名所案内】    〘 岡山後楽園  〙

 三月三十日岡山県内の六事務所の女性クラブが岡山市の

後楽園の中の鶴鳴館で交流会を開催しました。その時、

後楽園所長から後楽園についてのお話を伺い、

岡山後楽園について詳しく学びましたので、紹介します。

日本の三大名園は金沢の兼六園、水戸の偕楽園、岡山の

後楽園ですが、これほど広々とした風景は他にはないのだ

そうです。というのも三百年前、二代目池田綱政が政務の

合間を過ごすくつろぎの場として作られたもの。

江戸詰めの多い、心休まることの少ない綱政は田園風景

を眺めるのが好きで「手をかけた風景ではないので、その

ままの景色が眺められる。この庭に来ると世の憂きことも

忘れられる」と楽しまれていたのです。簡素な田園風景か

ら徐々に築山や池が作られ庭園が広げられて年月をかけて

整って今の美しい庭園ができたのです。後楽園は藩主が休

まれるだけでなく、お客様のおもてなしの場、

時には領民にも開放されていたそうです。

後楽園は眺めるのも楽しいのですが、探索も楽しめるよ

うに作られています。しかし、どこの素晴らしい風景も近

辺に高いビルが建てられて、せっかくの眺めなのにがっか

りすることがよくあります。ところがこの後楽園はそのよ

うなことはありません。岡山市内のあちらこちらに大きな

建物が建つようになり、借景が脅かされるようになった昭

和十五年から後楽園周辺を風致地区指定にし、また全国に

先駆けて景観条例を制定して借景の保存に取り組んだので

す。という説明に、なるほど後楽園の周りには高い建物は

ありません。大きな木に囲まれた後楽園から周りを見渡し

ても前方に操山、そして岡山城の天守閣がそびえるのが見

えるだけです。行政や住民の力でこんな素晴らしい風景を

保ってきたことに感動しました。

鯉がゆったりと泳ぐ池、ゆったりと流れる曲流。畑。木

立の中の小道。たくさんの広い芝生。風情ある休憩所。芝

生の中の散策も本当に楽しめます。桜、若葉、紅葉、一年

中楽しめる庭園です。春、夏、秋には縁全体がライトアッ

プ。後楽園の前方にある岡山城もライトアップされて浮き

上がり、実に見事、ロマンチックです。私は特に夏の幻想

庭園が大好きで、以前はひと夏に数回来ていました。

ここでは一部の広い芝生の上に入ることができますが、

その芝生に寝転ぶと実に気持ち良いこと!暑い夏でもとて

も涼しいのです。しかも蚊がいないのです。孫達を連れて

何回か来ましたが、子供達も楽しんでいました。

池田綱政侯は治水、新田開発、庶民の為の

学校の和気閑谷学校を完成させ、「英断の君」

「仁愛の君」と呼ばれたそうです。        

by nizicanvas3 | 2018-04-21 23:15 | まんりょう
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モラロジー道徳の普及を目的にしたブログ


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